雑 記 帳
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| はっきり言って | 大飢饉 | やぐら | 番屋 | 南部煎餅 |
このコーナーは方言にまつわるいろいろなエピソードや昔の思いで等感じたことを
書いていきたいと思います。(雑記帳なので何でもありです)
10 「南部煎餅」の話 2002/3/8
「南部煎餅」形を見てもらえば判ると思いますが、関東の
”煎餅 ”とは全然違うのです。
「戦国時代から八戸地方で食べられていた」という記述があるくらい
古い食べ物で、八戸とは切っても切れない物なのです。
しかし、東北新幹線盛岡駅が開業した際、
「南部煎餅」が、盛岡で”盛岡煎餅 ”と名前を変えてお土産屋さんに並んでいた、
そしてそれが今でもある。という、話を聞いて愕然としました。
もしこれが本当の話なら問題だ
まだ八戸が「根城南部」だったころから食べられていた「南部煎餅」
いつの間に盛岡の食べ物になってしまったのか。
実際、盛岡も南部の一部なのではあるが、
彼の地は三戸南部の領土、主役ではないのである。
蕎麦にしても,盛岡の ”わんこそば ”が有名であるが、本当は花巻の「わんこそば」で、
盛岡のものではないのです。
蕎麦自体は「蕎麦は法度」で書いたように、八戸地方(三戸含む)のものなのである。
全国的には「信州蕎麦」なども有名ではあるが、やはり南部領も蕎麦どころなのである。
前に書いた「蕎麦は法度」の記事にある、南部の「殿様」は三戸南部の殿様であり、
”盛岡”は三戸の殿様が築いた出城なのです。
先に新幹線が来た(東京を起点に北上してくるのだから仙台の次は当然盛岡、
八戸・青森は順番待ち)からと言って八戸伝統の食べ物を
”盛岡の物 ” として
売るのは如何なものか。
同じ南部人として売り出すなら、 ”盛岡煎餅”ではなく「南部煎餅」で売り出すのが
筋だと思うのは私だけでしょうか。
実際、新幹線が八戸に来たとき、
「南部煎餅」を知らずに ”盛岡煎餅 ”を知っている人たちは
「南部煎餅」を見てどう思うでしょうか。
「 ”盛岡煎餅 ”の焼き直し」や「柳の下の2匹目のドジョウ」と
思われても仕方がないと思います。
この件について八戸観光協会の人たちはどうお考えなのでしょうか。
私は八戸を全国にアピールするため、「南部煎餅」は「いちご煮」とともに、
数少ない、そして重要なアイティムだと思っています。
「遠野古事記」という書物に江戸時代の三百年前の昔、
八戸の根城から岩手県の遠野へ移された殿様が、
「八戸で食べだせんべいが懐かしい」との記録が、あるそうです。
つい最近八戸を中心としたローカル新聞が、
「煎餅のルーツを探る」(題名は忘れました)
みたいな特集を組んで何日かにわたって掲載していました。
その中にも八戸が始まりだという確証らしき物がいくつかあったような気がします、
まだ ”盛岡煎餅 ”の話を聞く前だったので「何を今更」と思い、
きちんとチェックしていませんでした。
そして先日 ”盛岡煎餅 ”の話を聞き、あわてて古新聞を漁りましたが後の祭り、
すでにトイレットペーパーに変身していました。
この件についてはしっかり勉強し、将来的に
「八戸の物だぞ!」というアピールをしていきたいと思います。
9 知る人ぞ知る「番屋」の話 2002/2/15更新
あの交差点の名前は何というのでしょうか
本八戸駅方向から見た長横町の入り口になる交差点の「かどっこ」
<通りの角>にある居酒屋とでも言いましょうか、
時代劇に出てくる”飯や”の様な店の話です。
私たちの若い頃は、”番屋の稗飯”と言って、なかなかの人気メニューだったんです。
内容は、白米に雑穀の”稗(ヒエ)”を混ぜて炊いたご飯に鰯の塩焼きが乗っている。
というものなのですが、これが「やだらど」<すごく>旨い。
今は私も夜遊びをしなくなったのでどのように様変わりしているかは判りませんが、
当時この店でマグロの刺身を注文すると、刺身と言うよりぶつ切りが出てきたものです。
”やまかけ”に使うような筋張ったところじゃないんですよ。
ですから「いっつも」<常時>混んでる。
今でもあるんでしょうか、あの稗飯。
8 やぐら 2002/2/15更新
ちゃんこやさん。ビジネスホテルの1階にある飲食店街の中の小さなお店。
かなり昔(20年くらい前)に何回か行きました。
開店当初は空いていたのですが3ヶ月もしないうちに常に満員、
やはりおいしい店は繁盛するんですね。
今でもあります、八戸に来る機会があったら寄ってみてください。
私はこの店で煮魚の美味しさを知りました
7 天保の大飢饉 2002/2/15更新
八戸でもありました。新田川の近くにある対泉院というお寺に当時の状況を残した
石碑があります。
飢餓萬霊供養塔と言う石碑で、その石碑には自分が生きるために
死人を食べたと言うような記述があり、その石碑には当時の描写が事細かく
記されていたために一部が削られてしまっているのです
又このお寺には大賀蓮という古代蓮が繁殖しているお寺でもあるのです
6 はっきり言って私は八戸が大好きです。
確かに生まれは三沢市です、中学まで三沢で過ごしました、
高校は八戸です、就職も八戸です。高校時代を含めると人生の3分の2以上を
八戸で過ごしているわけです。
現在は仕事の関係で青森で暮らしています(単身赴任)が、住民票は八戸。
しかし、青森での生活が3年を過ぎると津軽弁が少しずつ染み込んでくるような
気がします。
先日のことです。
私「おー渡辺でねが」<おー渡辺じゃないか>
渡辺「はいー」
私「なにしちゃー」<なにしてるの>
↑
<津軽弁です>
しばらくしてからハッとしました。
5 蕎麦は御法度
昔々、南部の殿様が狩りに出かけた帰りに、休憩のためにある農家を訪ねたところ
その農家では殿様をもてなすために蕎麦を打ったそうです、
その蕎麦が大変美味しかったので、殿様が作り方を尋ねたところ、
たいそう手間のかかる食べ物だと言うことが判りました、
そこで殿様「どうして百姓分際がこのように手間のかかる食べ物を食べているんだ、
”これは贅沢だあぁぁぁ(と言ったかどうだかは知りません)”
百姓にこの様な手間のかかるものを食べさせるわけにはいかん」ということで
御法度(禁制品)に指定されたのがそのまま「はっと」になったという話です。
麺類一般を「はっと」と言い、蕎麦は「そばはっと」うどんは「むぎはっと」
そして、八戸地方には「あずきばっと」なる物が存在するのです。
これは、お汁粉の様な物(こしあんではなく粒あんです)の中に餅の代わりに
うどん(きしめんのように平べったいやつ)が入るのですが、
私は生まれてこの方食べたことがないのです。
理由は”甘ああいうどん”って不気味じゃありません?
4 <電車なのに”汽車”>
青森県人は<電車に乗る>を「汽車さ乗る」と言います。これは津軽も南部も同じです。
今は昔。
まだJRが国鉄だったころ、青森にも、鉄道が通り八戸に駅ができる、
という話になったとき、八戸市民は猛反対したそうです。
理由は「べごあちちださねぐなる」<牛が乳を出さなくなる>や
「とりっこあたまごなさねぐなる」<鶏が卵を産まなくなる>
ひどい話になると「きしゃさのってどろぼあくる」
<汽車に乗って泥棒がやってくる>等々、
とてつもない話だったそうで、八戸駅(昔は尻内駅でした)は市の中心部から
遙か離れたところに出来たという話です。
ですから、八戸の中心部に行くためには、八戸駅でJR八戸線に乗り換えて
本八戸駅で降りるか、
八戸駅から市営バスや南部バスに乗って三日町を目指すか、タクシーに乗り、
行きたい地名を運転手さんに告げるという、三つの手段があるのです。
徒歩という手段もありますが、お勧めできません。
おかげさまをもちまして、2002年12月には待ち望んだ新幹線も開通するとあって
結構盛り上がり、駅舎も大きく新しくなると言うのに、
あの駅前はどうするんでしょうね。
まるで終着駅といわんばかりの雰囲気なのです。
初めて八戸駅に降り立った人はきっと驚くと思います。
3 「へっぺ」
意味は「エッチ」
もはや死語といっても過言ではないでしょう。
昔、私たちがまだ「ゆぐでねわらし」<悪童>だったころ、
友人と喧嘩をしたときなどはよく、「へっぺし、この」などと
喧嘩相手にこの言葉を投げつけたり投げつけられたりしたものです。
意味は「オマ○コ野郎」という感じでしょうか、
2 <はめる>
昔、私がまだハナたれ小僧だった頃、発情期の犬がエッチをしているのを
見つけては「はめでら、はめでら」と犬をはやしたてたものでした。
(犬を囃してどうすんだ)
ですから、この言葉は一種の禁句でもあったわけです。
「手袋を手にはめる」これが標準の使い方なのでしょうが、
我々南部の人間(特に昔の人)は手袋を「はぐ」だったわけで
「はめる」には抵抗感があり、あまり使いたがらない傾向にありました。
しかし、最近の若い人たちは、この言葉が昔持っていた意味を知らないので、
簡単に使っているようです。
1 <アップダウンクイズ>
昔、テレビ番組で「アップダウンクイズ」というのがありまして。
その番組に回答者として八戸の人が出演していたときの話です。
(仮にAさんとしておきましょう)Aさん、あと1問で
10問正解というところまで来ていたときに出された問題
「人間の体の中であたまに”へ”のつく箇所は?」
そこでAさん大きな声で答えた
「へなが」
<背中>
ブザーが鳴る ”ぶうぅぅぅ”
そしたらAさん「あ!まじがったじゃ、へんじゃかぶ」そうしたらブザーが
”ぶぶうぅぅぅぅ”ガダンガダンと音がして、
Aさんの入っている箱が一番下まで下りてしまいました。
司会者が(たぶん田宮二郎さん)
「Aさん残念でした、人間の体の中であたまに”へ”のつく箇所は
” へそ ”
でした」
Aさん「ジャッ、へちょこだったのが」
<しまった、へそだったのか>
本当の話です。
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